気象予報士 森朗さんが解説 ~北海道にはなぜ “いい雪” が降るのか~
日本国内でも、とくに ”いい雪” が降り、スキー・スノーボードパラダイスといわれる北海道。その理由を、専門家に聞いてみました。
森朗(もり あきら)
気象予報士として、テレビ・ラジオ番組に多数出演するほか、全国での公演活動も行っている。著書『異常気象はなぜ増えたのか-ゼロからわかる天気のしくみ』(祥伝社)、監修『気候危機がサクッとわかる本』(東京書籍)など。(株)ウェザーマップ代表取締役社長。
株式会社ウェザーマップ https://www.weathermap.co.jp/
※文中写真・図提供:森朗
北海道の雪は、違う
数年前に、真冬の北海道、道東を車で移動した。道東は北海道の中では雪が少なく、冬でも晴れることが多い。その日も晴れて、日中でもマイナス5℃を下回る寒さではあったが、道路も完全に除雪されていて、快適なドライブだった。途中で雪が降ってきたが、強い降り方ではないし、風も弱いので吹雪でもない。特に見通しが悪くなることもないので安心していたのだが、そんな降り方にもかかわらず、あっという間に道路が真っ白になって、センターラインも車線も見えなくなってしまった。迂闊だった。関東や、せいぜい上越あたりの雪にしか慣れていないので、降り始めの雪というのは、地面に落ちてもすぐ消えて、道路に雪が降り積もるまでは時間がかかると思い込んでいた。しかし北海道の雪は違う。気温も路面温度も低いため、地面に落ちた雪が溶けずにそのまま積もる。まさに粉のような雪だ。雪が降り始めてすぐに周囲の景色が一面真っ白になって、スノーポールがなければどこが道路かもわからないほどだ。轍が見える市街地に辿りついて、ようやく安心できた。
雪片の大きさは、気温と水蒸気の量によって変わる
こうした雪質は、気温と空気中の水蒸気の量に左右される。雪の結晶は、もともと氷晶という上空を漂う極めて小さい氷の粒だ。その氷晶に、周囲の水蒸気が凍りついたり、他の氷晶と合体したりして大きくなると、雪の結晶になる。大きくなった雪の結晶が、やがて落下し始めてそのまま地上に落ちてくれば雪、途中で溶けて水滴になったものが雨だ。上空から地上までずっと氷点下なら当然雪になるし、地上の気温が0℃を上回っていても、すぐ上空が氷点下であれば、溶け切らずに落ちてくるので雪になる。
しかし、気温が高い状況で降る雪、特に0℃を上回るような気温のときに降る雪は、雪の表面が溶け始めている。そうすると水の表面張力の影響で他の雪の結晶と合体しやすく、結晶がいくつも集まったぼたん雪のような大きな雪片になって降ってくることもある。また、気温が0℃を下回っていても、マイナス4℃以上の比較的高い気温のときには、結晶の表面に擬似融解層という極めて薄い水の膜ができて、言わばしっとり濡れている状態になる。この水の膜も、接着剤のように、大気中の水蒸気を吸い寄せて結晶が大きく成長し、また、結晶同士も接着して、いくつもの結晶がつながった雪片になりやすい。
もう少し気温が低くなって、マイナス4℃からマイナス10℃ぐらいになると、雪の結晶の一部だけが濡れた状態になって、次第に乾いた部分が多くなってくる。さらにマイナス10℃を下回ると、擬似融解層はなくなって、表面が乾いた結晶になる。それでも周囲の水蒸気が結晶の表面に凍りつくので、結晶は成長するが、表面が乾いているため結晶同士はくっつきにくく、単結晶のまま降ってくる細かい雪になる。
図:気温と雪
気温が高いときには水蒸気をたくさん含んでいることが多い。雪の結晶が数多く成長するが、結晶の表面が濡れているので、他の結晶とくっつきやすく、粒の大きな雪になり、積雪も硬く、重い積雪になる。反対に、気温が低い場合は、表面が乾いた、結晶単位でバラバラに降り、積雪も柔らかく軽い積雪になる。
水蒸気量も気温によって左右される。暖かい空気は、冷たい空気と比べて多くの水蒸気を取り込むことができる性質があるため、気温が高い場合は、水蒸気量が多く、低ければ水蒸気量が少なくなる傾向がある。このため、気温が高い時には、雪の結晶の数が多く、ひとつひとつの結晶は表面が溶けていたり濡れていたりして水分が多く、他の結晶と合体して、粒の大きな、空間密度の高い雪になりやすい。こうした雪は雪同士だけではなく、樹木や電線、手すりなど、あらゆるものにくっつきやすいので、感覚的には、ベタベタの湿った雪、という表現になる。
反対に気温が低い場合は、水蒸気量の数も少なく、結晶の数も多くない。他の結晶ともくっつきにくく結晶単位で降ってくる細かい雪で、積もってもすでに積もった雪の上にふわりと乗っかる、乾いたサラサラの雪になる。板に雪がくっつくこともないし、ひっかかりもない、硬いバーンにもならない、非常に良質なパウダースノーになる。
気温が高く表面が湿った雪。この日の最低気温はマイナス3.2℃、最高気温は0.7℃で、終始0℃前後の気温の中で降った、樹木にもしっかり着雪している。
一方こちらは、マイナス5℃からマイナス10℃の状況で降っている乾いた雪。雪で見通しが悪いが、樹木には全く積もっていない。
日本海を挟んだ大陸からの距離と水温が北海道のパウダーを作る
北海道の雪質が良いのは、北海道が日本国内の他の地方と比べると気温が低いだけでなく、空気中の水蒸気量も少ないからだ。これは、北海道が北方に位置していることだけが理由ではない。日本海との関係が大きい。
日本の雪は、主に大陸から吹き出して日本海を渡ってくる強い寒気が原因で降る。冬季、シベリアにはマイナス40℃以下にもなる極端に冷たい空気が蓄積され、北西の季節風に乗って中国大陸から日本列島に吹き出してくる。一方、中国大陸と日本列島の間にある日本海には、暖かい対馬海流が流れ込んでいるので、冬でも水温が高い。暖かい日本海は、寒気を下から暖めると同時に、水蒸気を盛んに蒸発させるため、日本海を渡る間に、大陸と比べると気温は上昇し、水蒸気量は多くなる。その水蒸気が雪雲となって、日本、特に日本海側に雪をもたらすのだが、ポイントは大陸から日本列島までの距離が、日本海の北部と中部で違うことだ。日本海中部では、大陸から日本の北陸沿岸まで800km以上あるのに対し、北部ではロシアの沿岸から北海道まで400kmと中部の半分しかない。その上、日本海北部にはシベリア沿岸を流れるリマン海流という寒流も流れ込んでいるため、水温も中部より大幅に低いので、海が空気を暖める効果も弱いし、水蒸気の蒸発も少ない。このため豪雪地帯と言われる北陸地方などと比べると、北海道は気温も低いし、空気中の水蒸気量も少ないので、雪質も乾いた雪、サラサラとした粉雪になる。
ただし、北海道でも湿った雪になることがある。ひとつはシーズンの初めと終わりの気温が高い時期に降る雪。そして、太平洋の方から進んでくる低気圧によって降る場合だ。こうした低気圧は、太平洋上の暖かい空気と、大陸から吹き出した冷たい空気が混ざり合うことで発生するので、比較的気温が高く、水蒸気をたっぷり含んでいる。このため、北海道とは思えないような、非常に湿った雪が降り、降雪量も多く、道東など普段雪が少ない所でもドカ雪や猛吹雪になることがある。
図:日本海の大陸との距離は、中部で長く、北部では短くなっている。水温も中部では高く、北部では低い。同じ寒気が、北陸では気温が高く、大量の水蒸気を含んでやってくるが、北海道へは低温で水蒸気も少ない状態でやってくるので、乾いた雪が降りやすい。
オホーツク沿岸のとある駅で、列車の到着を伝えるアナウンスが流れた。「まもなく列車が到着します。白線の内側にお下がりください。」一面真っ白でどこが白線かわからなかった。